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このような場合には、見て見ぬふりをするのが、大人の社会だ。
もし、上司の主張があまりにも、とぼけたものだったとすれば、後で笑いものにすればいい。
だが、少なくとも、上司の前では、そのような態度を示すべきではない。
後で自分の意見が間違いだとわかった場合には、大げさに驚いてみせるのが、うまい方法だ。
「えっ、そうだったの?へえ、知らなかったなあ。
僕はてっきり、こう思っていたんだけど、違っていたんだ。
初耳だよ。
おかげで、新しいことを知ることができたよ」「なるほどねえ。
僕の考えではこうだったのだけど、ちょっと古すぎたのかねえ。
これから、考えを改めなければいけないねえ」などと言うわけだ。
こうすることで、間違いをはっきり改める態度を示すことができる。
自分が何かに失敗したり、成功しそうにもない場合、大きな背後関係の存在をほのめかす人がいる。
そして、意味ありげに目配せしながら、「実は、この問題には、複雑なことが絡んでいる。
だから、失敗も仕方がないんだよ」などと言いたがる。
その背後関係とは、犯罪や暴力団の存在や異性関係などの場合が多い。
「どうも、あの会社には暴力団が関係しているらしい。
だから、私たちが何をしても、相手にしてくれないんだよ」「あの会社の社長と、あの女性はデキているんで、こちらの出る幕はないよ」などと言う。
いや、そこまで言わなくても、「あそこの会社は、どうも、これらしいよ」と、頬に傷のあることをジェスチャーで示すだけでよい。
それだけで、真偽のほどはともかく、安易にその会社には近づくべきではないこと、その会社との取引に失敗したとしても仕方がないこと、そして、同時に、自分がウラ事情にも詳しい大物であることをアピールできるわけだ。
事実、もし、そのような背後関係があったら、その会社とはつき合わないほうがよいだろう。
後々、面倒なことに巻き込まれかねない。
したがって、注意する必要があるのも確かだ。
だが、この種の人は、そのような噂はないのに、妙に背後関係を出してくる。
そして、ほかの誰かが、「そんな噂は聞かない」と言っても、「そりゃあ、一般には知られていないさ。
でも、そんな気配を感じるんだよ」などと言い出す。
また、この種の人は、新情報らしきものを、しばしば引き合いに出して、自分の仕事ができないことの言い訳に使う。
「実はあの会社は、後任人事でもめていてね、これまでのコネがいっさい使えなくなった。
だから、交渉は難しいんだよ」などと言う。
こうして、事情ツウぶって、人の好い部下をだます。
だが、言うまでもなく、それを続けているうちに、ほとんどの場合に根拠が薄弱だということがばれて、信用を失ってしまうだろう。
このような推測交じりの話をする人間に対しては、はっきりと、「私もあの会社と長いつき合いだが、そんな噂は聞いたことがない。
根拠を言ってもらえないでしょうか」と説明を求めることだ。
もし、相手が自分の失敗を隠すために、そのような噂を編っているだけならば根拠を示せないだろう。
「いやどこかで、そんなことをちょっと小耳にはさんだんだけどね」といった曖昧なことしか言えないはずだ。
もちろん、軽率にありもしない噂を流すべきではない。
だが、少しでもそのような匂いがする場合、あるいは、それを理由に何とかその会社との取引をやめたい場合、怪しい状況についてしっかりと調べる必要がある。
そして、怪しいと思える根拠を示す必要がある。
多少、誇張などが含まれていても、ある程度の説得力があれば、「慎重に仕事をしようとしている」という評価は得られるだろう。
最も愚かな言い訳、それは不祥事や事故を起こした企業のトップのお詫び会見で、しばしば目にするものだ。
食中毒を起こした食品会社、設計ミスや整備不良を日常的に起こしていた製造業者、医療ミスを起こした病院、不正事件が発覚した役所など、責任者が数人、雁首並べてお詫びをする。
もちろん、彼らは直接の当事者ではない。
彼ら自身、現場の驚くべき杜撰さにあきれ、怒っていることも多い。
実は、腹の中が煮えくり返るくらい怒っている場合もあるだろう。
また、時には、「何でずっと真面目に働いてきた自分がこんなところに引っ張り出されなければいけないんだ」と思っていることもあるだろう。
ある食品会社の社長が、責任を追及する記者に対して、「私だって寝てないんだ」と逆ギレして、世論の撃婆を買った。
その後、さらに業績不振に陥ったその会社は、結局、解散に追い込まれた。
不祥事のときの責任者の対応いかんで、会社が不振に陥ったり、倒産に追い込まれたりすることさえある。
こうした対応になってしまうのは、当人たちが自分かち自身の責任だと感じていないからだろう。
それにもかかわらず、世間に向かってお詫びをしなければならない。
しかも、何も言い返すこともできない。
ただひたすら平身低頭し、「申し訳ありませんでした」と謝罪し続けるしかない。
不祥事を起こしたからには、反論の権利をはじめから奪われているに等しい。
彼らは、ただお詫びをして、攻撃の嵐が過ぎ去るのを待っているのだ。
そこで口にされる言い訳というのは、「大丈夫だと思っていた」「こんなにひどい状況だとは把握していなかった」「今、調査中だ」「今、検討している」「それは私の権限では申し上げられない」「事実を知って調査をしたが、発表までに時間がかかった」などしかない。
記者たちに、「どんな対策をしていたか」と聞かれて、それについて語っても、結果的に事故を防げなかったわけだから、まったく説得力がない。
たとえどんなに徹底的なものであったとしても、記者たちから、「でも、不祥事を起こしたのだから、不備があったんじゃないか」などと突っ込まれれば、何も抗弁のしようがない。
しかも、彼らとしても、立場上はっきりしたことは言えない場合が多い。
会見に出るのは、たいてい現場をよく知らない担当重役であり、もし、彼らが憶測で答えてしまうと、権限を逸脱したり、トップの責任を問うことにもなりかねないからだ。
このように、多くの制約があるなかで、世論を味方にして、正義感を振りかざす記者たちから、さまざまな質問を浴びせられるのだから、日頃から謝罪することに慣れていない役員たちはあわてふためき、愚かさを示すことになってしまう。
トップともなると、さらに大変だ。
自分の言い訳の仕方ひとつで、その責任のとり方が決まってしまう。
ことに補償問題などが絡むと、深く謝罪して誠意を示さなければならないが、かといって、安請け合いに補償をのんでしまうと、会社の経営に響く。
それどころか、時には倒産に追い込まれることさえある。
企業ブランドにダメージを与えることは言うまでもない。
だから、なるべくなら現場や担当部署の責任者の会見ですませようとする。
しかし、たとえその不祥事にまったく関与していないとしても、最終的には会社の責任はトップが負わなければならない。
トップは責任逃れをせずに、対応してほしいものだ。
私は、個人的には、不祥事を起こした企業の関係者などを、あまりいじめるべきではないと考えている。
さらし者にして、正義の味方を装った報道陣が、声を荒立てていじめるというのは、あまり建設的ではない。
それよりも、冷静に問題点を探り、状況を把握するのが、この種の会見の意味なのだ。

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